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2018年 06月 05日 ( 1 )

「太陽がいっぱい」についての勘違い

2つ下の記事で「美女と野獣」のことを書いたら、懐かしい映画のことがほかにもいろいろと思い出されてきたので、もうちょっと話題にしてみます。今回は「太陽がいっぱい」についてです。これも名作ですよねえ。久しぶりにニーノ・ロータの曲を聴いたら、それだけでぞくぞくしてきました。

「太陽がいっぱい」は1960年の映画なので、やはりリアルタイムでは見ていません。これまた、フランス語を習っているころにフランス映画をまとめて見た中の1本です。

ただ、それ以前に(中学生ぐらいだったかな?)、漫画化されたものを読んだことがあります。確か「週刊セブンティーン」で、峯岸ひろみという漫画家さんが描いていました。そんなわけで、ストーリーを知っているつもりでいたのですが、実際に映画を見てみたら、基本的なところで勘違いをしていたことが判明しました。

というのは(皆さんが映画「太陽がいっぱい」をご存じだという前提で書くしかないですが…。あらすじはコチラ)、漫画版の「太陽がいっぱい」では、ドロンが演じるところの主人公トムが、ちょっと気弱な少年ふうに描かれていたのです。年上のフィリップにいいように扱われながらも、いじめられっ子がいじめっ子から逃れられないように、常にフィリップと一緒にいて、フィリップの恋人である年上のマルジュにひそかにあこがれている。そんな設定でした。また、フィリップの恋人マルジュも、漫画では「美人で色っぽいお姉さん」ふうに描かれていました。

でも、いざ映画を見てみたら、トムはそんな気弱な少年ではありませんでした。年齢的にはフィリップと同じぐらいだから、少年ではなく若者。貧しい青年ゆえに、富豪の子息であるフィリップに対して鬱屈した感情を抱えているけれど、それだけに、野心も持っている。マルジュのほうも、「美人で色っぽいお姉さん」というより、芯の強い自立した若い女の子という印象でした。とりわけ、書き上げたばかりの論文をフィリップに捨てられ(ヨットの上から海にばらまかれてしまう)、自尊心を傷つけられて、決然と彼のもとを去っていくという展開は、いかにもフランス人の女の子らしい意志の強さを感じました。

なぜ漫画版の「太陽がいっぱい」は、トムやマルジュをあんなふうに描いたのか? 多分、そっちのほうが作者の好みだったんでしょうね。峯岸ひろみって、そんな作風の漫画家さんだったので(今回調べてみたら、「神崎春子」という名前でハードゲイの作家としても活躍したとのことだし…)。

映画「太陽がいっぱい」を見たからには、トムとマルジュの性格設定はあれしか考えられないですが、それはトムをアラン・ドロンが演じ、マルジュをマリー・ラフォレが演じたから。もしも漫画のようにトムが気弱な少年ふうの役柄だったら、果たしてどんな俳優が演じるのがふさわしかったかなと、今ごろになって、そんなこともちょっと考えました。

※映画「太陽がいっぱい」を見たことがなくて、私が書いたことがさっぱりわからなかったという方は、ぜひ一度見てほしいです。素敵な映画ですよ。



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by noma-igarashi | 2018-06-05 23:07 | 映画・TV・本など | Trackback | Comments(0)


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