111.31KV620日記


オペラ、フィギュアを中心に、そのとき興味のあることがらを話題にしています。
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4月中に読んだ本(気合いを入れて書いてみた)

いつになく気合いを入れて書きました(特に3冊目)。ただ、書き連ねるうちに、本の感想からズレてしまったきらいはありますが(汗)。

砂の王国(上) (講談社文庫)

荻原 浩/講談社

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砂の王国(下) (講談社文庫)

荻原 浩/講談社

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『砂の王国(上下)』荻原浩 評価:★★★ 
(あらすじ:上巻)全財産は、3円。私はささいなきっかけで大手証券会社勤務からホームレスに転落した。寒さと飢えと人々からの侮蔑。段ボールハウスの設置場所を求め、極貧の日々の中で辿りついた公園で出会った占い師と美形のホームレスが、私に「新興宗教創設計画」を閃かせた。はじき出された社会の隅からの逆襲が始まる!
(あらすじ:下巻)3人で立ち上げた新興宗教団体「大地の会」は私が描いた設計図どおりに発展。それどころか会員たちの熱狂は、思惑を超えて見る見る膨れ上がっていく。奇跡のような生還と劇的な成功。だが、そこで私を待っていたのは空虚な祝祭と不協和音だった。


面白かったです! 上巻の、どん底から這い上がっていく過程も。下巻の、そこからいっきに暗転する展開も。主人公が宗教団体を起ち上げる話としては、その昔、村上龍の『愛と幻想のファシズム』を読んだ覚えがありますが、小説としての面白さはこっちのほうがずっと上でした。まあ、この30年間(もう30年も経っていたのか…)に社会も変わったし、オウム真理教の事件も経験したし、単純に比べられない面もあるかなとは思いますが。
何にしても、私としては高評価の1冊でした。おススメしたいです。

黄色い水着の謎―桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活〈2〉


奥泉 光/文藝春秋

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『黄色い水着の謎―桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活〈2〉』奥泉光 評価:★★


『桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活』の第2弾。やる気もなければ志も低い准教授・桑潟幸一が怪事件の解決に挑むというもの。ただし、彼自身はほとんど何もせず、実際に事件を解決するのは女子学生たちですが。1冊目の『桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活』はおおいにウケて、もしかしたら奥泉作品の中でいちばん好きかもと思いましたが、2冊目となると、ちょっと胃にもたれる感じもしてきました。ただ、気軽に楽しめる1冊ではあります。


もう生まれたくない

長嶋 有/講談社

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『もう生まれたくない』長嶋有 評価:★★ 
(あらすじ)マンモス大学に勤める、にわかナースの春菜、ゲームオタクのシングルマザー・美里、謎めいた美人清掃員の神子。震災の年の夏、偶然の訃報でつながった彼女たちの運命が動き始める―。誰もが死とともにある日常を通して、生の光を伝える傑作長篇小説。

次々と語り手が代わっていく形式は、ちょっと入り込みにくい面もあり、評価は★★としました。ただ、それもひっくるめて、この作者らしい作品だと思うし、こういう試みが好きな人は好きなんだろうなとは思います。それより、私がこの作品を読み始めてすぐに、「これはぜひ書いておかなければ!」と強く思ったのは、この作品の小説としての面白さとはまた別のところにありました。

上記「あらすじ」にあるように、この小説は震災の年の夏から話が始まっています。そのため、登場人物たちが震災のときのことを思い出す描写があったり、ごく普通の日常生活の中に震災の影響がまだ残っていることをうかがわせる描写があったりもします。それを読んで、震災のすぐあと(というより、震災と原発事故のすぐあと)、自分が考えていたことを思い出しました。こんなにも信じられないような世界(大規模な原発事故が現実に起きるという、震災前には想像もしていなかったような世界)に放り込まれて、自分の気持ちもそれまでとは大きく変わってしまったし、今後は小説などの文芸作品も、その影響と無縁ではいられないだろうなと。その当時はそんなふうに思っていました。

ただ、7年が経って、そんなふうに思っていたことはどこへやら。本書を含め、震災や原発事故にふれた小説はいくつか読んだものの、文学的に何か大きな流れになるといったことはなかったし、そもそも(実は)、そんなふうに思ったこと自体を、いつの間にか私自身が忘れてしまっている始末。そう、忘れていたんです。あんなにも切実に震災と原発事故の影響について考え、また現実の世界では実際に影響を受けてもいたのに。

はああああああああ。人間、先へ進むためには忘れることも大事だから、それでいいといえばいいのかもしれませんが。

なんで忘れちゃったんかなあ…と考えてみるに、震災は突発的な出来事であって、例えば今も深刻な余震が続いているなどというわけではないし、原発事故のほうも、被害はまだ続いてはいるものの、日常生活を送っている分には見えない状態にあるため、つい意識の外に行ってしまいがちだし。それともう1つ、震災の翌年ぐらいまでは、脱原発のデモにちょくちょく参加していて、そのつど思いを新たにする機会になっていたのだけれど、安倍政権になってからは、安保法制反対に始まり、「安倍政権NO!」のデモのほうに参加することが多くなり(両方に参加するだけの時間はないため、より切実なほうを優先すると、そうなりました)、そっちに気持ちが向いてしまうことが多くなったんですよね。

…とまあ、ここまで考えて、また新たな考えが浮かんできました。安倍政権になってから、世の中の価値基準が大きく変わってしまったじゃないですか。首相はうそばかりつくし、筋を通した話をしようとしても、すぐに話をすり替えられてしまうし、少しでも政権に批判的な発言をする有名人(ネット上の有名人も含めて)がいると、よってたかってネトウヨが攻撃するし、なんだかもう、善悪やら正義感やらの基準がこれまでとは反転してしまったように感じます。そんな世の中になってしまったら、それこそ小説などの文芸作品も影響を受けずにはいられないんじゃないでしょうか。実際、高畑勲監督が亡くなり、「火垂るの墓」が放送されたとき、幼い兄妹の見舞われた運命に対して、自己責任だという意見が横行していましたよね。そんな受け止め方をされるのが普通になってしまったら、創作する側も影響を受けずにいられないのではと、すごく心配です。

このブログを読んでくださっている方は、多分、フィギュアファンが多くて、ここまで書いたようなことに興味がおありなのかどうかわかりません。こんな例え方をするのが適切かどうかわかりませんが、フィギュアスケートでも、自分のお気に入りの選手のライバル選手に対して、すぐに悪口を言ったり、何かといえば攻撃したりする人がいるじゃないですか。ただ、本人としては、自分の発言のほうが正論であり、自分が正義を行っていると信じておられるんですよ。今の世の中は、それと同じようなことがもっと大々的に行われている――。強いていえば、そういう印象です。すごくイヤ。

こんな状態からは早く抜け出したいし、少なくとも、心のよりどころとできる価値観に生き残ってもらいたい。切にそう願います。
                                              
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by noma-igarashi | 2018-05-12 11:14 | 映画・TV・本など | Trackback | Comments(0)
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