111.31KV620日記


オペラ、フィギュアを中心に、そのとき興味のあることがらを話題にしています。
by noma-igarashi
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
最新のコメント
かのこさん、こんにちは。..
by noma-igarashi at 18:01
こんばんは。 フランス..
by かのこ at 21:07
ごめんなさい。上のコメン..
by noma-igarashi at 08:18
こんばんは。 確かにフ..
by noma-igarashi at 23:12
こんばんは。 五十嵐さ..
by Disney 鴨 at 21:08
こんにちは! そうそう..
by noma-igarashi at 19:56
こんばんは。 五十嵐さ..
by Disney 鴨 at 22:11
ちなみに、総括記事は男子..
by noma-igarashi at 23:20
カテゴリ
検索
以前の記事
ブログパーツ

こんな本を読みました--『蝶は還らず』

e0073856_1802967.jpg蝶は還らず――プリマ・ドンナ喜波貞子を追って』(松永伍一著、ウェッジ文庫)という本を読みました。文庫化されたばかりのようで、近所の書店に平積みされていました。

裏表紙のキャッチをそのまま引用すると「ワルシャワの監獄に小さな手作りの日本人形が陳列されていた。いったい誰が作ったものなのか。謎を追ううちに浮び上ったのは、かつてヨーロッパでオペラ「蝶々夫人」のプリマ・ドンナをつとめて圧倒的な喝采を博し、その後、第一線から姿を消し、杳として行方のわからなくなった日本人歌手の幻影だった――。“幻の歌姫”を追って、六年の歳月をかけた探索行が謎の真相を浮彫りにする。」という内容。



喜波貞子なんて聞いたこともないし(だから“幻の歌姫”なんでしょうけど)、ヨーロッパにおける日本ブームの中で、キワモノ的に人気を集めた歌手なのかな、などと思いましたが、ちゃんとしたオペラ歌手だったようです。喜波貞子というのは芸名で、本名はレティツィア・ジャコバ・ヴェルヘルミナ・クリンゲン。祖母が日本人で、日本人の血は4分の1だけらしいです。ただ、横浜に生まれ、17歳で音楽の勉強のためにミラノに渡るまでは日本で育ったということだし、写真を見ても日本人らしい顔立ちで、「日本人」と名乗られても抵抗なしに受け入れられる感じでした。

彼女が活躍したのは、1922年(大正末期)から第2次世界大戦が始まる1939年までの17年間。ヨーロッパでは藤原義江(藤原歌劇団の創始者)とも親交があったようです。口絵の写真にも2人で並んだ写真が出てくるし、本文にはエピソードも紹介されていました。戦争がない状態で日本に帰国できていれば、藤原義江と同じぐらい(あるいは三浦環と同じぐらい)有名であったかもしれないですね。

裏表紙のキャッチに出てくる、ワルシャワの監獄に陳列されていた日本人形というのは、喜波貞子が演じた蝶々夫人をモデルにしていたようなのですが、近親者やゆかりのある人物がつくったというわけではなく、彼女の舞台を見たことのあるだけの、いわば1ファンの女性がつくったもの。獄中で、材料をこっそり差し入れしてもらいながらつくったというのだから、大変なことです。喜波貞子の舞台にそこまでさせるものがあった、ということなのでしょう。なんだか驚いてしまいます。

オペラに興味がなくても、謎を追いかけていくドキュメンタリータッチの読み物として、十分に楽しめる本だと思いました。

e0073856_1757012.jpg※ちょっと調べてみたら、現在では長崎・グラバー園のリンガー邸に、喜波貞子ゆかりの品々が常設展示されているようです。
[PR]
by noma-igarashi | 2008-04-13 18:01 | 映画・TV・本など | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://nomaiga.exblog.jp/tb/7733558
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 日曜日は「JapanOpen」 オペラの演出について少々 >>


タグ
記事ランキング
外部リンク
最新のトラックバック
077:聡 より
from 楽歌三昧
065:砲 より
from 楽歌三昧
055:芸術 より
from 楽歌三昧
042:尊 より
from 楽歌三昧
018:援 より
from 楽歌三昧
フォロー中のブログ
ライフログ
ファン
ブログジャンル
画像一覧