111.31KV620日記


オペラ、フィギュアを中心に、そのとき興味のあることがらを話題にしています。
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プラシド・ドミンゴ オペラ62役を語る

たまたま書店で見かけて、『プラシド・ドミンゴ オペラ62役を語る』(ヘレナ・マテオプーロス著、斎藤静代訳、アルファベータ刊)という本を買ってみました。副題は「ドミンゴが歌い演じてきた62のオペラについて、自ら語る」というもの。なかなか面白そうです。といいますか、まだ口絵の舞台写真をパラパラと見ている段階なんですが、すでにかなり面白いです。特別にドミンゴのファンでなくても、オペラファンなら楽しめるし、勉強にもなりそう。

e0073856_23364981.jpg本書の販売サイトでは、目次(ドミンゴが演じてきた役柄)の一部しか紹介されていないので、収録62役すべてを以下にご紹介してみます。さらに、そのうちいくつかについては、その役柄についてドミンゴが語っている内容を、ちょっとだけ抜粋(More参照)。ドン・オッターヴィオについてのコメントなどは、つい笑ってしまいました。

それにしても、この62役のほかに、ごく若い頃に演じた端役だとか、コンサートで歌っただけの役だとかもあるそうで、まあ、ほんとに驚異的! なんだか人間国宝のような人ですねえ。


 (題名)(初めて演じた年・月)(★は、ドミンゴの語りの一部をMoreでご紹介しているもの)
1 メリー・ウィドー  1960年 Lippen Schweigen
2 アメーリア舞踏会に行く  1961年6月
3 椿姫  1961年10月 乾杯の歌
4 トスカ  1962年2月 妙なる調和 ★ 
5 ラ・ボエーム  1962年3月 O Mimi tu Piu No
6 コシ・ファン・トゥッテ  1962年5月
7 アドリアーナ・ルクヴルール  1962年5月
8 蝶々夫人  1962年10月
9 ランメルモールのルチア  1962年11月 Tu che a Dio spiegasti l'ali
10 ファウスト  1963年3月 Hei-Kyung Hong との二重唱
11 ドン・ジョヴァンニ  1963年9月 ★
12 カルメン  1963年6月 花の歌
13 真珠採り  1964年1月
14 エフゲニー・オネーギン  1964年9月
15 カヴァレリア・ルスティカーナ  1965年1月 Mamma Quel Vino è generoso
16 サムソンとデリラ  1965年7月 ご覧ください、この惨めさ
17 ホフマン物語  1965年9月 昔、アイゼナッハの宮廷に
18 ドン・ロドリーゴ  1966年2月
19 アンドレア・シェニエ 1966年3月 ある日、青空を眺めて
20 イッポリートとアリシー 1966年4月
21 道化師  1966年8月 衣装をつけろ
22 セビリャの理髪師  1966年9月 伯爵&フィガロ「金貨を見れば知恵がわく」
23 外套  1967年3月
24 アイーダ  1967年5月 1幕フィナーレ ★
25 ドン・カルロ  1967年5月 第2幕カルロ&エリザベッタ
26 仮面舞踏会  1967年5月 Di tu se fedele
27 ローエングリン  1968年1月 「ローエングリン」の準備をするドミンゴ ★
28 マノン・レスコー  1968年2月 Donna non vidi mai
29 イル・トロヴァトーレ  1963年3月 Mal reggendo all' aspro assalto
30 リゴレット  1969年1月 女心の歌(歌のみ)
31 運命の力  1969年1月
32 マノン  1969年2月
33 トゥーランドット  1969年7月 3大テノール「誰も寝てはならぬ」 ★
34 エルニーナ  1969年12月
35 ラ・ジョコンダ  1970年5月 Cielo e mar
36 ロベルト・デヴリュー  1970年10月
37 ルイザ・ミラー  1971年11月 フィナーレ
38 アフリカの女  1972年11月 L'africaine ACT VI
39 シチリア島の夕べの祈り  1974年4月
40 ロメオとジュリエット  1974年9月
41 西部の娘  1974年11月 Ch'ella mi creda ★
42 オテロ  1975年9月 Dio! mi potevi scagliar
43 フェドーラ  1977年2月 Amor ti vieta
44 ウェルテル  1977年12月 aria from 'Werther' Massenet
45 エル・ポエータ 1980年6月
46 ノルマ  1981年9月 Domingo & Troyanos in Norma
47 トロヤの人々  1983年9月
48 フランチェスカ・ダ・リミニ  1984年3月 act 3
49 ゴヤ  1986年
50 パルジファル  1991年3月
51 山猫  1992年8月
52 ワルキューレ  1992年12月 Act I Final
53 スティッフェリオ  1993年3月
54 イル・グァラニー  1994年6月
55 クレータの王イドメネオ  1994年10月 「イドメネオ」の準備をするドミンゴ
56 エロディアード  1994年11月
57 シモン・ボッカネグラ  1995年1月 Plebe! Patrizi!
58 神の言葉  1997年10月
59 預言者  1998年5月
60 スペードの女王  1999年3月 Domingo in Queen of Spades 1
61 ル・シッド  1999年5月 el aria de Le Cid
62 マルガリータ・ラ・トロネア  1999年12月




カヴァラドッシ(トスカ)について
カヴァラドッシは歌手として一番多く歌った役です。全部で225回、いろいろなプロダクションで、いろいろなタイプのトスカやスカルピアと共演しました。初めてのプッチーニ、初めての大役、といってもよいでしょう。
一番難しいのは一幕です。ここで歌う量は半端ではありません。まず<妙なる調和>、次にトスカとの場面、そしてアンジェロッティの場面とトスカとの二度目の二重唱と続きます。量は多いのですが、内容がいいのでいつも楽しんで歌っています。また第2幕では、カヴァラドッシが「勝利、勝利」と叫ぶところを工夫してみました。第3幕の<星はきらめき>と<おお、優しい手よ>を楽しんで歌わないテノールなど、まさかいないでしょうね。

ドン・オッターヴィオ(ドン・ジョヴァンニ)について
ドミンゴはこの役を二度歌っている。
「ドン・ジョヴァンニ」はたいへんわくわくするオペラで、ドン・オッターヴィオにはとてもきれいな歌がありますが、私はその性格が好きになれません。彼は刺激的でもなく、何かインスピレーションを与えてくれる人物でもありません。実際に演じていて、歌っているのが恥ずかしくなる場面がありました。今までにどんな役を演じていても、それがどんなに気持ちが乗らない役でも感じたことのない感覚でした。

ラダメス(アイーダ)について
登場人物という点でラダメスは、ただそこに立って歌っているだけだと思われることがあります。しかし実際には違います。彼は立派で強くて勇敢で情熱的な男、完全無欠な男です。とても正直で決然としていて、皆さんが思うよりもずっと興味深い人物だと思います。
アイーダは極めて美しい息を飲むような美人のはずです。残念なことに現実にはそうはいきません。たいていすごい美人はアムネリスを歌うメゾソプラノです。劇場には劇場の考えがあります。私たちは現実を受け入れなければなりません。しかしスコアやリブレットには、誇り高き戦士であるラダメスが自分の利になるものを捨ててまでアイーダと一緒になりたいと思うほどに、アイーダが美人に描かれています。

ローエングリン(ローエングリン)について
私がローエングリンを初めて歌ったのは1968年、27歳の誕生日の2、3日前のことでした。ワーグナーとの初めての出会いが、イタリアオペラのレパートリーに形の上ではとても近いオペラだったことは、本当に幸運なことでほっとしました。
それでも私は、しばらくワーグナーから離れていることにしました。ワーグナーを歌うのは私にとって時期尚早だ、と納得せざるを得なかったからです。私はこのオペラで喉を痛めたのだと思います。1968年1月に歌い、それから5月までずっと、喉が詰まった感じで調子が悪かったのです。そして数か月の間、そこかしこで私の声は割れました。
だからその晩の公演は成功したと言われましたが、私はまだ十分ではない、喉の調子も完全ではない、と思ったのです。それで15年間も放って置くことになりました。
1983年にメトロポリタン歌劇場でローエングリンを再演したとき、私には15年の蓄積がありました。ローエングリンは今でももう一度歌いたい役です。このオペラが好きですし、その異次元的なところも好きです。

カラフ(トゥーランドット)について
歌手生活の中で、たいへんだった、落ち着かなかった、というときがあるとすれば、それは1969年にヴェローナのアレーナで初めてカラフを歌ったときです。私は当時まだ二十歳代で、当代きってのトゥーランドット、伝説のビルギット・ニルソンを向こうにまわして歌うから、というだけでなく、イタリア・デビューとアレーナへのデビューの両方でもあったからです。どんな気持ちだったか、皆さんには創造できないでしょう。
そういう状況でしたが、私はどうしてもカラフを歌いたかった。この役柄がとても好きなのです。彼は自滅的な妄想に取り憑かれた人間で、この女性に夢中になります。そして彼女を射止めるためになら自分はどうなってもかまわない、と思います。変わり者で相当な頑固者、そして好奇心旺盛です。それでも私は彼が好きなのです。
<誰も寝てはならぬ>の最後にある有名なBナチュラルですが、ここは一番たいへんなところで、だからこそ皆さんがお待ちかねです。また、オーケストラの演奏がとても重いので、オーケストラの間に鋭く声を通して声を遠くまで届かそうと、いつも格闘しています。

ディック・ジョンソン(西部の娘)について
ディック・ジョンソン(ラメラス)はドミンゴが演じたものの中で最も人気のある役のひとつで、演じた回数は、25年間で80回を下らない。
かなり楽しい作品なのですが、ラメラス、またはディック・ジョンソンは、楽に歌える役ではありません。まったく正反対です。第1幕の<人生を楽しんできた、そして今もだ>には難しい箇所がいくつかあります。高い音程がさらにBナチュラルにまで上がっていくのです。どう言ったらいいのでしょう。私は高音部を楽に歌えるテノールではありません。たぶん他のテノールでしたら、この程度の高音は一番楽しく出る音だ、と言うかもしれませんね。私は違います。第2幕でラメラスは、アリア<あれから六か月>を歌います。これはプッチーニのアリアの中でも最も難しいもののひとつです。最後にBフラットを持続するメロディがきて、本当にきついです。私は呼吸を支えたりコントロールしたりする技術を使って、そういうBフラットの間に息継ぎをしないでこのメロディを歌うことができましたが、表情を豊かにするには、Bフラットごとに息継ぎをしたほうがよい、という結論に達しました。この息継ぎが息切れのように聞こえても、それはそれで慌しい雰囲気を表すからです。

ジークムント(ワルキューレ)について
1992年に初めてジークムントを歌ったとき、ワーグナーのレパートリーは私にとって極めて重要なものになりつつありました。ワーグナーに恋をしている真っ最中だったのです。ずっと弱まることのない恋です。
歌詞についていうと、私のように覚えるのが速い者にとっても、ジークムントは並みの難しさではありません。ドイツ語は馴染みがあるとはいってもフランス語やイタリア語ほどにはマスターしていません。そんな言語で書かれたとても複雑な歌詞と、私は格闘しなければなりませんでした。基本的には、他の仕事の合間に覚えました。夜も昼もなく、明け方まで没頭したこともありました。また夜中に目が醒めて、このフレーズはどうしよう、あのフレーズはどう歌おう、などと考えたこともありました。夜中に覚えたことは、忘れないものですね。

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by noma-igarashi | 2006-10-14 16:42 | 映画・TV・本など | Trackback | Comments(0)
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